top of page
掛図
文禄・慶長豊公征韓役略図
橘髙峻正
掛図とは,標本・数式等を図や絵に著し掛軸上に表装したもので,教室の壁面や黒板に掛けて使われた視覚教材である。豊臣秀吉は日本国内で統一を果たした後,次に目を向けたのは海外進出であった。特に,朝鮮半島を経由して中国への進出を計画していたとされていた。明に対する敵対的な姿勢と,日本の拡大主義が絡み合い,朝鮮半島に対する侵略戦争がはじまった。文禄・慶長豊公征韓役略図は,豊臣秀吉が朝鮮半島に対して行った文禄・慶長の役の戦役の概要を示す地図のことである。昭和初期(1930年代ごろ~)に日本国内で文部省の検定を受けて,東京高等師範学校(筑波大学の源流機関)が学校教育用教材として作成した。
この地図は,日本が朝鮮半島や満州を支配していた時期に,帝国が持つ領域と鉄道や航路が具体的に描かれてることから分かる交通網の広がりを学校教育の中で示すために作成されたものである。日本本土と朝鮮,満州が鉄道や海路によって密接につながっていることを視覚的に理解させ,当時の生徒に「帝国の空間的な一体化」を教え込もうとした。また,朝鮮半島の行政区分や幹線鉄道を明確に示すことで,現地の地理,産業,交通の重要性を強調し,日本が朝鮮半島や満州を日本の勢力圏として支配し,経済的・軍事的に利用することを正当化する教育的役割も果たした。

bottom of page