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パラオ諸島木皿
樋田奏
本資料は,パラオ共和国で作られたもので,木皿の表面はまだらのある木目調で縁には金具のようなものが3か所についている。これといった特徴もなく何の変哲もないようにみえるが,実はこの皿からかつてのパラオと日本との関係性を読み解くことができる。
パラオ共和国と日本との関係は,1914(大正3)年に始まった第一次世界大戦にまでさかのぼる。当時のパラオ共和国では日本がドイツ領ニューギニアを占領したことにより,1919(大正8)年のパリ講和会議で日本の委任統治領となった。その後,日本はコロールに南洋庁を置き,多くの日本人が移住してきたという歴史がある。その影響でパラオには約1,000もの日本語由来の言葉が存在し,パラオの人々にとって身近な言葉となっている。この木皿の下の面には,「デラゲルール」や「イライボラユ(?)」とカタカナで炭のようなものを使って記されており,パラオに日本語が伝わり始めたタイミングでこの木皿が作られ,何らかの証としてこの言葉が記されたのかもしれない。

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